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 うすた先生のこの日の日記を読んで、思わずうすた先生にファンメールを送ってしまったシロクマさん。コミックス全揃えしてる榛野なな恵さんや和月伸宏氏にも送ったこと無いのに、人生初のファンメールがうすた先生になってしまった。まあ、マサルさんの時からの古いファンではあるけれど。

 理由は単純に、細かい議論はさておき、夢を与え、人を笑わせてなんぼの漫画家という職業についてる人としては、至極まっとうでステキな内面が書かれていると思ったからだ。

 話半分くらい繋がって、もう半分くらい繋がらない話だけど、最近、実生活でも、ネットでも、シロクマさん自身が誹謗中傷するということはまずなく、どちらかというと批判してる人に対して、いや、そんな風に批判するけど、それにはこういった生産性、メリット、イイ面もあるんだ……と批判される側の擁護に回ることが多い。

 なんか、マス/ネットを問わず、メディア全体やたらめったら批判ばっかりが最近あふれてる気がしているので、ネットの拡充に伴う自我肥大現象が原因か?なんて思ってたんだけど、今読み進めてる、批判することの非生産性を説いた(超概意)人間心理本の古典的名著とも言える、デール・カーネギーの

人を動かす

 によると、どうも、結構昔から(1937年の本です)、批判ばっかする人っていうのは結構いて、そういう人とどう接していくかというのは永遠のテーマだったみたい。そういった、昔から存在する盲目的批判家気質に、最近ではネットが繋ぐネットワークでダメ批判家同士の繋がりが構築されて生存権が与えられてしまったために、ちょっとギアが入ってるだけなのかもしれない。

 しかし、基本的に批判は危険を伴う。というか、扱いに注意が必要だ。

 「借金を扱う時は弾丸が込められた拳銃を扱うように慎重に扱え」、「適切な知識を持たない人に借金をさせることは、麻薬中毒者に拳銃を持たせるようなものだ。本人も、回りの人も危ない」と言ったのは『金持ち父さんシリーズ』で有名なロバート・キヨサキ氏の師の金持ち父さんだけれど、シロクマさんに言わせると、批判をはじめとするマイナスの言葉もこれに当てはまる。

 「マイナスの言葉を扱う時は弾丸が込められた拳銃を扱うように慎重に扱え」、「適切な知識を持たない人にマイナスの言葉を吐かせることは、麻薬中毒者に拳銃を持たせるようなものだ。本人も、回りの人も危ない」

 これは、シロクマさんの言だ。いいなと思った人は出典を「シロクマさん」としてどんどん引用してくれたまえ。

 実際、上であげたカーネギーの「人を動かす」では、批判を安易に扱ったために恨みを買い、自分も回りもとんでもないダメージを買った例が豊富に紹介されている。

 最後に具体策、解決策に話を移してまとめると、批判の弾丸が飛び交う昨今だからこそ、適切な防御術を身につけることが自分や回りの大事な人を守るのに役にたつ。広義のコミュニケーション能力や、それを裏打ちするロジカルシンキングなどがそれにあたると思うけれど、まあ、基本は人と接する時に誠実に、公平な気持ちで接するということだ。自分の現実だけを押しつけるように自分が自分がとしゃべりまくるのが良くない。自分の押しつけは裏を返すと容易に批判の刃になりやすい。そうならないように気をつけつつ、打ち込まれる弾丸を体を反転してはよけ、時に打ち落とし、効率的にさばいていく。ワックスかける。ワックス取るの要領で(←超昔のウッチャンナンチャンネタ)打ち込まれる弾丸をはじいていくのだ。シロクマさんはワックス真拳2段だ。

 小説、漫画といったメディアを問わず、シロクマさん的オールタイムベストに入るバイブル、榛野なな恵さんの短編『卒業式』に掲載されてる「野茨姫」という短編に出てくる、小野木さんというカッコいい女子高生の台詞を引用して締めにしよう。「パイ」と柔らかい比喩を使ってるけど、まあ、言ってることは今回ふれた弾丸を裁きながら生きなきゃねという趣旨に関する警句だ。

 「そーだよー。私の一生のテーマは『自由に生きる』だからね。世間サマがバンバン投げつけるバカげた価値観のパイをさっさとよけなきゃならない。ボーっとしてるとクリームおばけだ。だってさー。自由に生きるったって原野を勝手にほーろーするわけじゃないんだし。文明社会の中に入ってかつへんに組み込まれないで行こうと思ったら、いろんなテクニックが必要だと思うんだよね」(野茨姫)

卒業式―榛野なな恵作品集