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 今日で母シロクマが倒れてからまる2年。

 シロクマさんが人生のエンターキーを押した日からちょうど2年だ。

 『涼宮ハルヒの消失』では、エンターキーを前にしたキョンの視点を借りて、エンターキーを押すか押さないか、非日常に生きるか、日常に生きるか、あなたならどちらを選ぶか?というのを当の読者に問いかけてくる場面が描かれるが、2年前の今日、シロクマさんの前にもエンターキーが存在した。それまでのコンテクストを捨てていつ終わるとも知れぬ母シロクマの介護をしながら生きるか、何かに目を瞑っても今までのコンテクストを生きるか、押すか、押さないかだ。

 押した場合に差し出さなければならない対価は、その日までのコンテクストを作り上げてきた膨大な努力、近い未来に約束されてたであろう安定した収入、普通に生きて普通に人に認められながら生きる安寧、そういったもので、押さなかった場合の対価は母シロクマだった。

 結局、僕はエンターキーを押した。

 崇高な意志に基づいてとか、あんまりそんな感じじゃなかった、正直、泣きながら押した。その日までのコンテクストを作り上げるために積み重ねてきた努力は相当なものだったと今でも思うし、その方向に努力を集中するために捨ててきたものも沢山あったからだ。

 だけど、今は押して良かったと思ってる。

 それまでのコンテクストを捨ててまったく新しいコンテクストを作り上げるために、考え方を変え、まったく新しい形の努力を重ねなければならない日々には死ぬほど苦しい時も多々あったが、今では、なんとかやれる気がしている。この2年間で、シロクマはただのシロクマからストライクシロクマにパワーアップしたのだ。

 あの日もしエンターキーを押さなかったならば、どこかに後悔を抱えたまま、なまじそれまでのコンテクスト内では優秀だと評価されていただけに、どこか傲慢なシロクマになってたような気がする。そういう意味で、エンターキーを押した後の2年間で得たものは限りなく大きい。

 これまでも、そして今でもとてもつらくなることがあるが、その時はシロクマさんはこう思う。



 ――お前はエンターキーを押したじゃねえか。



 後悔は、マジで無い。